第1章 まえがき

  一般の人にとって家を建てることは、一生に一度の大事業です。万一自分が納得できる家をつくることができなくても、自動車を買い換えるように二度三度と買い直すことはなかなかできません。ですから家を建てようと思った人は、住宅展示場に行っていろいろなハウスメーカーのモデルハウスを見学したり、工務店で建てた人に意見を求めたりして、自分なりに納得できる答えを出そうとしているようです。

 自分の住む家をハウスメーカーに依頼して建てるのか、工務店に依頼して建てるのかなど、どのような方法で建てるのかを決めるのに大きな要因の一つは予算の問題かもしれません。また知人のアドバイスやモデルルームのでき具合によって決まっていくのかもしれません。

 残念ながら家を建てようとする時に、建築設計事務所に相談をしてみようと思う人は、今のところきわめて少ないようです。




 雑誌などでいかにも建築設計事務所が設計したような住宅を見て「こんな家に住みたいな」と思っても自分の家を建築士に頼むとは考えにくいようですし、近所にそのような住宅を設計してくれる建築設計事務所があるのかどうかも知られていません。 またそのような建築設計事務所の調べ方すらも一般的には知られていません。設計料はどのくらい取られるのか、少ない予算でも相談に乗ってくれるのだろうかと、建築設計事務所に頼むにはいくつもの高いハードルが待ちかまえているように思われます。

 建築設計事務所に相談して家を建てようと思った人でも困るような状況ですから、積極的に広告も出して広く窓口を開けているハウスメーカーや、親や友人から紹介された工務店などにまず相談してみる人がほとんどになってしまうことは理解できます。

 しかし最近になって家を建てた後でトラブルが発生したり、クレームが出る話を聞くことも多くなってきました。建築士はただ建物の設計するだけではなく、見積のチェックや工事中の検査などの仕事も行っています。このような建築設計事務所の仕事の内容を理解してもらい、快適で安全な建物をつくるための「仕組み」を知ることで、良い家をつくってもらいたいと思います。

 この本の中には建築主が知らなくてもよさそうな内容もたくさん書かれています。人によっては、「建築主は何も知らなくても立派で安くて良い住宅が手に入れば良い」と考えている人もいますが、私はそうではないと考えています。

 海外旅行に行っても、ただ目的地に行ってくるだけで本当に楽しい思い出や体験ができるでしょうか。それだけでは「いつかテレビで見た風景と同じ物を見てきた」といったありきたりの感想しか持てないでしょう。

 しかしその街の歴史や文化を予備知識として持っておけば、より深みのある旅を味わうことができるのではないでしょうか。また片言でもその国の言葉を覚えて、地元の人と話をしてみれば人との出会いも含めたもっと楽しい旅になるのではないでしょうか。家づくりもまた建物に関するさまざまな知識や、家を建てるために働く人の「仕組み」などをあらかじめ知っておくことで、安心して家をつくる第一歩になるのではないでしょうか。

 この本ではそんな家づくりに関する知識の中でも、特に手抜き工事などによる欠陥建築を生まないようにするための「仕組み」づくりや、建物を建てるまでに係わる人々のそれぞれの役割などについて書かれています。ぜひあなたが家をつくる時に役立ててもらいたいと思います。