第4章 役所はあてにならない
欠陥建築がテレビや雑誌で話題になると、「行政はどのような対応をしているのか」と疑問に思われる方も多いかもしれません。
新しい建物を建てようとすると、全ての建物は「建築確認申請」を役所に提出する必要があります。 しかし、役所が建物の図面をチェックしたり検査もしているといっても安心してはいけません。「建築確認申請」を出して役所に一種のお墨付きをもらうわけですが、この役所のお墨付きはあくまでも図面だけの「確認」であって、「許可」でも「合格」でもないのです。このことを多くの人が勘違いして、役所ができあがった建物を入念に検査したわけでもないのに「役所が許可したり検査をしたのだから、きっと問題など起こらないだろう」と思ってしまうのです。
役所に書類や図面を出しているといっても、これはあくまでも「確認」です。「今度こんな家を建てるのですが、法律に違反していないか確認してください」といった程度だと思ってもらって構いません。 あくまでも役所にどのような建物を建てるのか目を通してもらっただけなのです。 ではなぜ「許可」ではなく「確認」なのでしょうか。
日本の法律では、誰でも建物の設計ができるわけではなく、建物の大きさによって一定の建築士の資格を持った人でないと設計できないように決められています。ですからいちいち役所が許可をしないでも、それらの資格を持った建築士の技術と才能を信用すれば「役所が細かい計算をしたりして、わざわざ許可をする必要はない」との考え方が基本にあります。
それでもどんな建物をどこに建てるのかぐらいは役所としても把握しておきたいでしょうし、とんでもない違法建築などが建てられてはいけません。そんな事情から新しく建物を建てようとする時に、資格を持った建築士が図面を提出して役所が「確認」をするようになっているのです。 しかし、医者がいちいち「この患者はこんな症状なので、このような薬を処方してもよろしいですか」と役所に聞きませんし、弁護士が「これこれの案件は、過去の判例から検討してこれでよろしいでしょうか」などと役所に伺いをたてるのが滑稽だと思われることなどと比較すると、同じ国家資格でも随分建築士は信用されていないようです。
確かに建物を建てるということは、本人だけではなく周囲への影響もあります。また水道や下水道の関係など役所の他の業務とも密接な関係もあるので、建築確認申請を提出する意義は無くもありません。 また建築確認申請によって建築着工戸数、新築の工事面積、工事価格などの基礎データの統計資料としても利用されているようです。
そうやってせっかくお墨付きをもらっても、実のところ役所は図面で「確認」をした後は、住宅に関しては特に何もしてくれないと思っておいていいでしょう。役所の中では、36階建てのオフィスビルやドーム球場と同列で個人住宅の確認申請の審査もしているのです(規模によって担当者が別れている行政もあります)。どうしても大きい建物に目は行きがちですし、実際工事途中での中間検査や工事が終わった時の完了検査にしても、そのような物件に時間をさいてしまうことは、有限の人員の中ではいたしかたのないところだとも思えます。
建てる側からすれば一生に一度の大事業でも、役所の審査官にすれば毎月何十と申請される住宅の中の一戸にしかすぎないのです。
そんな状況で役所に中間検査や完了検査に厳密な検査を期待する方が無理な話ですので、間違っても現状の役所に検査や取り締まりは期待できないことを覚えておいてほしいと思います。
また「建築基準法」より厳しい規格を要求される住宅金融公庫の設計審査や工事の検査も、公庫から委託を受けた行政機関が行っています。実際には、この審査や検査を行うのも建築確認申請の審査を行うのとまったく同じ部署で同じ人なのです。ですから公庫の検査があるといっても、実体はほとんど施工者まかせ(良くいえば監理者まかせなのですが)になってしまっているのが現状です。
また役所による完了検査も「検査」と呼びながら、実際には建物が「確認通知書」どおりの大きさで建っているかを確認する程度だと考えてもらって良いでしょう。天井裏に上がったり、床下にもぐって建物の各部分が正しく施工しているかを検査するわけではないのです。これらの細かな検査は工事監理者が行うもので、役所が行うものではないと考えられています。
しかしたちの悪いハウスメーカーや施工業者の中には(時には建築設計事務所も)完了届けを役所に出すことなく、役所の検査をまったく受けないケースも数多くあるようです。これでは役所もいつ工事が終わったのかを知り得ないわけですから検査に行きたくても行きようがありません。実際完了検査を受けている建物は、多くて全体の半分程度(震災前の94年度神戸市で46%)だというデータもあります。
このように、今の建築行政の「仕組み」では、住宅の安全を確保したり違法建築を取り締まるのは非常に困難です。ですから建築主自らが、正しい建物をつくるための「仕組み」に取り組む必要があるのです。