第6章  最低建築基準法

・最低基準の建築基準法
 建築確認申請は施工者や設計者ではなく、建築主自身が申請者になっています。しかし実際には建築主は建築設計事務所や工務店、ハウスメーカーから言われるままに印を押して、委任状を付けて代理人に全てを任せてしまっていることが多く、どのような内容なのか知らないことがほとんどだと思います。

 既に家を建てた人も完成後に「これが確認通知書です」と言われて、なにやら物々しく役所の印が沢山押してある厚い書類を受け取っているだけで、中身を見たこともない人が多いかと思います。  しかしこの書類には、この建物が法律で定められた様々な規定に適切に対応していることが記載されており、きわめて重要な書類なのです。実際、工事ではしばしば「確認通知書」を参考にして、現場の状況と内容を確認をすることがあります。「確認通知書」は役所で確認された後には、このような使い方を想定して、完了通知が発行されるまで現場にて保管するように決められているのです。

 私は、申請者すなわち建築主が「建築確認申請」の意義を良く理解し、自分の建てる家の法的な内容をある程度理解しておくのが正しい姿だと思っています。それは建築基準法で決められた「最低限の基準」を守るためにはどのような対応が必要なのかを知ることにもなります。

 実は建築基準法は国民の住環境をより良くするためのガイドラインではありません。そもそもは敗戦直後のあまりにもひどい状態であった日本の住環境を少しでも良くするために「最低限の基準」を決めたものにすぎません。

 ですから建築基準法を守っていない建物は、最低基準を満たしていない、それこそ最低の建物なのです。

 また近年の民間開発のマンションなどは、建物の高さや窓の大きさや位置について建築基準法ギリギリに建てられており、ある意味では最低の建物であるともいえます。

・建築確認申請と確認通知書
 これまでに「建築確認申請」、「確認通知書」と似たような名前がでていますが、この本では使い分けをしていますのでその違いを説明しておきます。建築確認申請書には、建物を建てる場所や大きさ、また審査に必要な図面や計算書を、正本・副本と同じ内容の物を2部作成して役所に提出します(行政によっては正本・副本・副本の3部になる場合もあります)。その内容を役所が確認して法律違反がなく問題がなければ、副本に「確認通知書」と呼ばれる書類を付けて返却してくれます。

 役所から返却されてくる書類や図面を「確認通知書」と呼び、申請を出すことや申請に出したものの総体を「建築確認申請」と呼びます。





 このように役所から書類や図面が1部だけ戻ってきますから、建物に関する同じ書類や図面が役所と建築現場の両方に1部づつ置いておけるようになっているのです。

・確認申請の変
 ところで、この「建築確認申請」ですが、これがまた結構な代物で私などは毎度作成する度にカフカの「審判」とか「城」を思い出してしまいます。世の中のにある全ての建物を建てるときにこのようなことが行われていることを思うとちょっと頭がクラクラします。

 まずどんな建物でも最低各階の平面図、敷地のどの位置に建物が建つのかを示す配置図、立面図2面以上、断面図2面以上、建物面積の求積図、敷地面積の求積図、排水計画図などの図面の他、構造図や構造計算書が必要になります(ハウスメーカー等で予め登録をしている工法を採用する場合は計算書は不要で、認定書の写しなどが必要)。

 そのそれぞれの図面(構造計算書には表紙のみ)一枚一枚には資格者の氏名と資格番号を記入しなければなりません。さらに設計した資格者の捺印が全ての図面に必要なのです。 住宅程度の図面なら10数枚程度で数も知れていますが、超高層ビルや百貨店、300戸のマンションでも同じように、何十枚の図面一枚一枚に朱肉を使って捺印しなければいけないのです。

 また役所が一旦受付をした後に訂正箇所があると、二重線で該当個所を消した上に全て訂正印が必要になるのです。  実はこの「建築確認申請」は現在A4の大きさにすることが決められていますが(数10年前まではB5でした)図面も全て折り畳んでA4の大きさにしなければいけません。すなわち元がA2の図面ならば、1/4にA1ならなんと1/8にしなければなりません。そのため一旦製本してしまうと、一枚ずつ図面を見るのに開いたり閉じたりと大騒ぎをしなければならず、これが結構うんざりする作業になります。

 特に受付後に法解釈などの見解の相違で訂正などが入ると、正本副本の2部を抱えて役所の廊下の狭い机でばたばたと図面を開いたり閉じたりして訂正箇所を訂正して、訂正印を押さなければなりません。

 こんな作業をしているとカフカの作品の時代の役所に紛れ込んだようで「なんだかなぁ」という気分にもなります(役所によっては、訂正台に椅子もないところもありますし、混雑してくると廊下の床に座り込んで図面を訂正している人もいたりします)。

 しかも周りには同じ様な訂正作業をしている人がたくさんいて、いったい日本のマルチメディア社会はどこに行ったのかと嘆かずにはいられません。一度市役所に行かれたときに建築審査課か建築指導課のある階でエレベータを降りてみると、このような光景を見ることができるかもしれません(ただし午後からは役所の担当者が現場検査などに出かけますので、午前中に限る場合が多いようです)。

耐震偽装事件以降は、申請を出してからの訂正はできなくなりましたので、下見の段階で同様の訂正作業が生じていますが、下見段階ですので、差し替えなども可能になり、まだ効率的にはなってきています。


 しかし、ようやく近年フロッピー申請なるものが取り入れられたのですが、なんともこれが申請書の初めの数ページ分にあたる建築主や設計者の氏名、敷地の住所や建物の面積や用途、付近見取り図のみで、肝心の建物の図面は一切フロッピーには入っていないのです。

 申請された「建築確認申請書」の項目を役所で整理するために入力する作業を軽減するために導入されたにすぎないのです。

 図面をCADで描く時代になっても、「建築確認申請」では紙と印鑑が幅をきかせているのです。もちろん役所で訂正することがなければ、例のA4に折り畳んだ図面を開けたり閉じたりしなくても良いのですが、役所によっては細かい規定に関して内規が決められたりして、行政が異なると法文の解釈も異なることがあり、A市では問題なくてもB市では法律違反と判断されるような部分があるのです。

 この内規を公表していない場合など、確認申請を提出してみるまで分からないことも多く、このような訂正作業が頻繁に起きる要因にもなっています。

 ただし専用住宅程度の「建築確認申請」では、チェックをする項目もそれほど多くないので、何度も役所に足を運んで訂正をするようなことはまずありません。

 どちらかといえば、法の網をくぐって少しでも販売できる床面積を増やしたいマンション業者などが出す申請では、何カ所も解釈の違いが出てきて、何度も訂正を行うことになったりします(耐震偽装事件後統一見解などがでて、見解の違いは少なくなってきています)。

 そこまで苦労して申請した建築確認申請ですが、この申請は法務局での建物の登記にはまったく連動していません。

 それは確認が役所でされても実際に建築されない建物もありますし、また竣工しても役所の検査を受けない物件が相当数あることから、法務局では建築確認申請とはまったく独自に登記作業を行っています。

 実際に建築確申請を出していない建物や違法建築でも、登記をすることは可能なのです。 また建物の登記面積は建物の壁の内側で行うため、壁の中心で面積を出している建築確認申請とは面積が異なるといった事情もあります(当然登記面積は、確認通知書の面積より小さくなります)。

 いずれにしても同じような内容の作業をまったく別々に処理しているのも、なんだか効率の悪さを感じざるを得ません。