第10章  契約するとは

・契約することとは
 次に、実際に家を建設する時の契約の話しましょう。

 家を建てるときには今まで体験したことがないほど、いろいろな種類の書類に捺印をしたりサインをしたりします。そもそも契約とは特に書類に捺印するときだけに発生するものではありません。口頭でお互いが承諾しただけでも立派な「契約」になります。

 しかしそれでは後日「言った、言わない」の口論になるのは目に見えていますから「お互い自分の権利と義務をはっきりさせて書類にして捺印しましょう」となるわけです。住宅の建築請負契約であれば、基本的には施工業者はどのような建物をどのような期間で、いくらで建てるのかをはっきりさせ、建築主はそれに対する対価をいつどのようにして支払うのかを明確にすることになります。

 ですから契約書は、お互いが「この内容でよろしい」と納得した上で作成されるべきもので、人のいい営業マンが持ってきたから捺印しておいたといった気持ちで契約するのでは、自分の権利をはっきりと確保できたかどうか怪しいものです。

 その契約書の中に十分に建物の内容(建物の図面や仕様、工期、またそれぞれの立場など)が明確に現れているかどうかを確認しておく必要があります。

・施主も、施工業者も苦しい立場に
 それではいい加減な契約をしていると、どのようなことが起きるのでしょうか。

 例えば契約書に添付されている図面が建築確認申請で必要とされる程度の平面図と立面図だけだとするとどうなるでしょうか。詳しい図面も作成されず、打ち合わせも口頭だけで、議事録なども残っていない場合だと、次の例のような単純な思い違いでもお金が絡んだ大きな問題になってしまいます。


 簡単な図面だけの契約をした後も、施工業者もまじめに仕事を進めて特に問題もなく仕上げ工事に入っていました。ある日現場を見に行った建築主は、部屋に「じゅらく風のビニールクロス」が張られようとしているのを目撃します。実は部屋の壁は以前に施工業者に見せてもらった△△さんの家のような「じゅらくの塗壁仕上げ」にしたいと言っていたのにどうも間違えて施工されているようです。

 さっそく施工業者に連絡すると担当者は「お施主さんは、△△さんの家と同じような壁にして欲しいとおっしゃっていましたから、じゅらく風のビニールクロスにしたのですが...」と言います。建築主は「確かに△△さんの家と同じで良いと言ったけど、そこの壁がビニールクロスだとは気が付かなかったので、やはりじゅらくの塗壁にしてもらいたい」と申し入れます。

 しかし施工業者の方でも「お施主さんの言う通りに見積もして工事をしているのに、今更変更してくれと言われても下地から変更しなければいけないし、予算もないのでできません」と返答してきます。 このように詳しい図面を作成して契約書に付けていないと、お互いが悪意で手抜きをしたり、安く仕事をさせようなど考えていない場合でもトラブルが発生する恐れがあります。

 この例でもはっきりと図面等に「壁の仕上げ:じゅらく風ビニールクロス」と記載されていて契約書に添付されていれば、建築主が勘違いをしていても「ビニールクロス分のお金しか見積もっていないのだから、詳しく確認しなかった私も悪かった。しかたがないが追加費用を出してじゅらくの塗壁に直してもらおう」といった発展的な問題解決の方向に向かうことも期待できます。

 契約書をしっかり作っておくことは、建築主の立場の保護にも当然なりますが、施工業者にとっても無理難題を建築主からふっかけられることもなくなり、お互いに気まずい思いをすることなく工事を進めることができます。

 ここで「あれはどう見てもじゅらくの塗壁にしか見えなかった、図面にもビニールクロスとは書いていないし、追加無しで塗壁に変更してくれ」と言われても施工業者の方も困るわけです。

 当然のことですが逆の場合も起こります。建築主の思い描いているような内容の工事をしていないのに「いつもこの方法でやってます」とか「どこにもそんなやり方でやらなければならないとは書いてありません」などといって、本当は間違った工事でもやり直してもらえないことにもなるかもしれません。

 このような詳しい図面も無いような現場では、たとえ現場監理をする人がいても「何を基準に契約しているのか」がはっきりしないため、判断をつけることができません(こんな契約で工事をする監理者は、それだけで監理者失格ですが)。

 結局このようなトラブルになった時の解決は、建築主と施工業者の力関係に左右されることになり、どちらも不愉快な思いをしなくてはなりません。

 詳しい図面や仕様書を作成せず、契約書にも添付しないような施工業者が「うちは今までこれで契約していますが、問題など起こったことは一度もありません。ここは信用していただいて契約の方はよろしく」などと言って来る場合もあるでしょう。

 その時に相手が信用できれば、そのような不完全な契約書で契約することを止めませんが「信用して下さい」と再三念押しする場合ほど、後になってトラブルが発生することも多いように思います。

 口先の言葉だけでなく書類で契約することで、本当の信頼を得た方が精神的にもよいのではないでしょうか。  その後、工事が始まっても、現場で「こんなコンクリートで大丈夫だろうか、こんな釘の止め方で大丈夫だろうか」と思っても「私を信頼してください」の一本やりで対応されてしまい、技術的な説明もなく、現場と比較する図面も仕様書もなくては建築主は途方にくれることになります。

 そしてそのような不完全な契約書で契約した場合、たとえ裁判になっても「どのような工事を頼んだか」がはっきりしないため建築主の思った解決にはならない場合もあるようです。

 また住宅の工事でよくあるケースとして、植木や塀を工事の費用に入れるのか、役所に払う水道の引き込み負担金は誰が払うのかなども明確にしておく必要があります。