第12章  建築工事費の話

・見積りの話
 建物を建設する時に、通常は十分に建物の内容の把握できる図面をもって施工業者に見積を出してもらいます。見積を出すのは一社の場合もありますし、複数の会社に出す場合もあります。ハウスメーカーや工務店に依頼されている場合は、基本的に設計と施工が一体ですから依頼した会社だけで見積を行ないます。

 そこで提出されてきた見積書の中身ですが、中には内容が細かく記載されていない悪い見積書の場合もあるので、十分に注意が必要です。ハウスメーカーなどでは、社内では細かく見積をしているものの、建築主には大項目だけしか提出しないこともあるようで、このような場合には明細書も要求しておいた方が良いでしょう。

 例えば提出されてきた見積が以下のような大項目しか記載されていなければ、困ったことになります。
木材工事・・・・・一式・・・・・・¥00,000,000-
給排水工事・・・・一式・・・・・・¥00,000,000-
電気工事・・・・・一式・・・・・・¥00,000,000-

 このような大雑把な一式ばかりで細かな部材の値段が入っていない見積書を出してくるのは、細かい図面などを見ることなしに坪単価やこれまでの経験で見積したとしか考えられません。もしくは大雑把にしか見積を出せない程度の図面しか提示していないのかも知れません。

 いずれにしてもおおよそ正確な見積とは信じがたいところです。またこれでは見積のチェックのしようもなく、安いのか高いのかも分からないことになります。

・値引きのある見積
 また一旦見積を提出しておいて、1割や2割という常識では考えにくい値引きを行う施工業者もあります。見積とは書いて字の通り一つ一つの積み重ねを集計してできたものですから、一般の商品の希望小売価格のように値引きを前提に設定できるような性格のものではありません。

 ですから正確に見積をされた見積書からは建物の内容の変更をすることなしに、1割もの金額を値引きすることは不可能なのです。せいぜい内容を変更せずに値引きできるのは、10万円単位の数字を切り捨てるような出精(しゅっせい)値引き程度であると考えてください。

 しかし先に見たような一式工事のオンパレードの見積で大幅な値引きをしようとすれば、詳しい明細や図面がないことをいいことに、粗悪な材料を使ったり、本当は2人の手間がかかるところを1人で済ましたりすることで調整しようとするでしょう。このようなことでは結局どんな部材を使ってどのような仕様で建物をつくるのかは不明のままになってしまいます。

 このようないい加減な見積を元に根拠のない値引きを建築主が強要すると、後で問題になる火種を自らつくっているようなものです。

 残念なことに建設業界(特に住宅関係)では、値引きをするのが当然といった風潮もあるため、施工業者の中にはあらかじめ2割ほど水増しして見積を作成するような悪質な業者も存在するようです。

 そのような水増しをチェックするには、専門的な知識が必要になりますので、建築主ではなかなか見抜くことができないようです。

・見積書のチェックは誰がする
 さてそれではこの見積書は誰がチェックするのでしょうか、建築設計事務所が建築主から設計監理を請け負っている場合には、当然設計事務所がチェックを行います。 数社から見積を取った場合は、単純に一番安い業者を決めるだけでなく、それぞれがどれだけ正確な見積を行っているか、また金額が妥当であるかをチェックします。金額が安いと思っていたら基礎工事を簡単な工法で見積していたなどのミスもあり得ます。中身を確認しないと単純な金額の比較だけでは誤った選択をしてしまいますし、選ばれた業者の方も困ってしまうでしょう。

 見積書を見ているとその施工業者がどの程度力を入れて見積をしたのかが良く分かります。あまりやりたくない仕事だが、つき合い上しかたなく見積をしているような場合は、それぞれの項目に端数が出ず、また全体的に数量も多めになり総金額も多くなってきます。

 積極的に見積している施工業者は、図面の内容の質疑を建築設計事務所に何度も行い正確な見積になるように努力し、当然のことながら細かい数量も拾われています。

 設計契約を特にしておらず、工務店やハウスメーカーが設計している場合は、この見積書のチェックは建築主本人が行わなければいけません。設計を担当された方もいらっしゃると思いますが、見積を出した会社と同じ会社の人に見積のチェックをしてもらうのもおかしな話です。

 では建築主が見積書をチェックできるのでしょうか。なかなか難しい問題ではありますが、建築の物価については参考資料も販売されているので、明細書さえきちんと提出されていれば、金額の高い安いを知ることは比較的容易にできます。しかしそれぞれの数量は図面から拾わなくてはいけませんので、図面を読みとる能力が必要です。ですから全てのチェックを建築主自身が簡単にできるとはいいがたいところです。

 ちなみに建築工事の物価については「積算ポケット手帳」¥2,580-(建築資料研究社)が年に2回発行されています。この本は住宅の建築に絞って項目がまとめられており、比較的建築の素人でも見やすい形式でまとめられています。その親玉が「建築物価」¥3,700-(建設物価研究会)です。こちらはそれぞれの部材毎にその月の実勢価格を地方別に掲載されています。

 実際に工務店やゼネコンでもこの本を基準に見積をしている部材もあるほどで、それほど細かく地域差もふくめた内容になっています。

 ただしどちらも流通している全ての品物が掲載されているわけではありません。選んだキッチンの実際の価格を調べようと思っても、全てのキッチンが掲載されているわけではありませんから、見つけることができない場合もあります。

 しかし普及している仕上げ材や掘削工事費用など、一般的な工事についての価格は全て調べることができます。

 自分でチェックをしない人も、建築に係わる物の値段について興味がある方は、一冊持っていても良いかと思います。いわゆるエンドユーザー向けのパンフレットに印刷された希望小売価格と工務店ベースの仕入れ価格の差に驚かれる部分もあるかもしれません。

・増減工事の足し算、引き算
 契約の話の中でも、契約書に見積書の明細がないと困ることになると書きました。それは物とその値段が対になって契約されていないと、工事の最後におこる変更工事による追加金額の精算もができなくなるからです。

 建物は一品生産であることは前にも述べました。このような生産過程では、決められた部品を集めて組み立てるような品物とは異なり、工事途中に追加が入ったり変更が入ったりすることがしばしば起こります。

 十分に打ち合わせを行い、念入りに図面を描いていても、半年程度の工期のなかでは建築主の思いが変わる部分もでてくるでしょうし、照明器具やカランなどは新製品が発売になってそちらの方が気に入るかもしれません。

 このような変更工事が出てきたときに、変更工事の打ち合わせを行って正しく施工されるようにするのも監理者の大事な業務ですが、最終的に増減を確認して工事費を精算するのを支援するのも監理者の業務なのです。その時に契約時の見積時に入っていたそれぞれの価格が分からないと、どれだけ増えたのか、また逆に減ったのかを正確に把握することができません。

 正確な細かな明細が契約書の中にあれば、それによって契約が行われているので、両者共納得してその見積書を基準として使用することができます。

・見積図面はどこにある
 見積書の明細の話にも関連しますが、この図面、この仕様書によって契約されたといった基準がなければ、先の変更工事の金額の調整もできなくなります。そのためにも見積の明細書と同様に、契約書には詳しい図面や仕様書も必要になるのです。